ガザ激戦地ルポ 犠牲者 民間人ばかり(2009年1月23日付中日新聞朝刊より)

http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2009012302000099.html
(中日新聞のサイトには同記事がなかったので、兄弟紙の東京新聞のサイトにリンクします)

【ガザ市(パレスチナ自治区ガザ)=浜口武司】
 人々はがれきの中に立ちすくみ、その時間を止めていた−。記者は二十二日、ガザ市を包囲したイスラエル軍が猛攻をしかけた二カ所の激戦地を歩いた。イスラム原理主義組織ハマスに向けられたはずの銃弾は、なぜか民間人にその犠牲を求めていた。

 「イスラエル人に聞きたい。なぜ、こんな小娘を殺せるのか」。ジャバリヤ難民キャンプの東部。農家のハレッド・アブドラボさん(30)は目の前でイスラエル兵に二人の娘を射殺された。もう一人の娘も重傷を負い、半身不随となった。

 今月七日、イスラエル軍戦車が家の隣で停止した。兵士たちはスナック菓子をつまみながら休んでいるように見えた。ハレッドさん一家が避難しようと白旗を揚げ玄関を出たところ兵士の一人が娘たちに自動小銃を乱射。長女(7つ)と三女(2つ)はほぼ即死だった。

 兵士たちはハレッドさんの家に射撃を続け娘たちを病院に運べたのは約二時間後。「娘を撃った兵士を覚えている。これは犯罪だ」とハレッドさんは怒りに体を震わせた。

 死臭が消えない南郊ザイトゥン地区。ジャラール・サムーニさん(36)は殺りくの夜を鮮明に覚えている。けが人を助けようとした弟が撃たれ、六時間後に死亡した。ジャラールさんは救助に行くこともできず、家族を連れてガザ市へ逃げた。

 停戦となった十八日、地区に戻ったジャラールさんらは、破壊された一軒の家から、十九体の遺体を見つけた。イスラエル軍が九家族を押し込めておいて砲撃した家だ。

 「私たちは野菜を育て、鶏を飼い、平和に暮らしていた。なぜ殺されなければいけないのか」。ジャラールさんは言う。「これを見てイスラエルを憎まない人間はいるか。復讐(ふくしゅう)できるなら、私はそうする」

イスラエル政府がもはや何のためにこのようなことを行なっているのかわからない。
このような行いが明らかになるにつれ、国際政治の場でも不利な立場に追い込まれそうなものだが(頭も良くなく、政治に詳しいわけでもないおれにはわからない戦略があるのだろうか)。
彼らは実態のない恐怖や強迫観念に囚われ、国家レベルで集団ヒステリーを起こしているように見えるが、そんな単純なものではないのかも知れない。

ただ、白旗を掲げた7歳と2歳の女の子は、自動小銃を乱射しなければ防げない脅威足り得ない。
これはおれにもわかるシンプルな事実だと思う。